幸せとは、熊本・黒川温泉の旅館[湯本荘]で二度寝することだ。僕はいつかこの場所で湯治がしたい。

飛行機の窓から熊本の町並みが見えた時、隣に座っていたYutoriメンバーの西山武志くんに「熊本は青い屋根が流行ってるのかな?」と聞いた。西山くんは「ほんとうですねぇ」と言って、ふたりして外を眺めていた。

言っちゃあれだけど、『MOTHER2』のハッピーハッピー村みたいだねって冗談を飛ばしたつもりだった。

熊本空港に着いて、バスで市街地へ向かっているときに、僕は自分の軽口を恥じた。屋根の青さは、みんな応急処置で広げられたブルーシートだったのだ。


僕はエレベーターと風俗案内所で熊本を聞いた。

テレビやネットで、たくさんの情報を目にした。計り知れないものが現地にあるようだった。

僕はどれかひとつでも体験として感じ取ろうと、ウェブメディア「ジモコロ」編集長の徳谷柿次郎さんが発起人となって開催された『【熊本震災支援イベント】黒川温泉に100人集めて「お金を落として」「情報発信しよう」』に参加することにした。

旅から戻ってきて、印象的だったことがふたつある。ただ、どちらも黒川温泉の話ではない。

ひとつめのこと。

前入りした僕らYutoriメンバーは、熊本市街地にアクセス抜群のカプセルホテル[ザ・銀座]に陣を張った。エレベーターに乗ったとき、重たくて、鼻に残る臭いがした。顔をしかめてガマンして、エレベーターを降り、振り向いたところに張り紙があった。

臭いのもとは重油だった。言われてみれば、ガソリンスタンドの臭いに似ていた。乗った時に2基のエレベーターは稼働していたけど、張り紙からすれば、1台ずつ復帰したのだろう。

僕は自分の短絡さを恥じた。そこからは[ザ・銀座]の施設内のあらゆるところに目がいき、多少の不便よりも、ちいさな便利のひとつずつに感謝した。

Yutoriメンバーは「パソコン室」というフリースペースで、夜中には黙々と仕事をさせてもらった。[ザ・銀座]は一晩2800円からで、繁華街のど真ん中にあって、遊びにも仕事にも便利すぎる。僕はまた熊本へ行っても、きっとここに泊まるだろう。

ふたつめのこと。

何を食べてもうまいのに値段手頃な[武蔵小路立ち呑み酒場]でとろけるような馬刺しを味わってから、ぶらぶらしていると風俗案内所が目に留まった。あがるわけではなく、まぁ、知識を広めるつもりで、熊本の水商売と性風俗の事情をいろいろとご教示願ったわけです。

熊本は飲み屋地区と風俗地区はきれいに分かれていること。それぞれの地区で案内所の役割がちがうこと。ショートタイムが結構お得なこと。丁寧に教えてくれたスーツ姿の案内人は、東京から来た僕らに余すところなく情報をくれた。ソープランドのことを話していると、彼はこう言った。

「地震の影響で、ボイラーが壊れちゃったソープがあって、そこはお風呂なしで営業しているんですよね……そういう店も表には言ってないこともあって。でも、うちが紹介するのは、ちゃんとお風呂有りのところですから!」

彼の自慢気な表情につい笑いながら、「ボイラーが壊れて営業に支障が出ているソープランドがある」という事実は、結構、心に刺さった。

シメに食べた[天外天]のラーメンは美味だった。でも食べながら、気持ちはもやもやしていた。ふいに東京から来た僕の目に、復興はすっかり進んでいるように見える。裏側にはまだまだ苦労が残っているのだ。

東京にいるだけではずっと知り得なかった感情だろうと思う。僕は2つの体験から、あらためて“知った気になる怖さ”を感じずにはいられなかった。


黒川温泉で湯治するのが、将来の夢に加わった。

さて、黒川温泉のことだ。

ツアーは温泉宿が並ぶ南小国町の方たちからいろいろと心づくしを受け、そのことは参加者のみなさんが記事にしているから、そちらをご覧いただけばよいと思う。歓待がありがたい反面、“観光者としてのほんとう”に触れられたのかは、ちょっとわからないなーとも思っている。

僕らが自由に動けた数時間で、いくつかのお風呂をいただいた。街並みの様子を写真と共に載せておく。

黒川温泉は日本に沸く9種類の源泉のうち、7種類を有しているという、例を見ないほどの温泉地だった。旅館すべてに源泉があり、「入湯手形」を買うと3軒まで自由に入れる。

浴衣を着たまま、旅館と清流の風景をぶらぶらと歩くのは気持ちの良いものだった。

中心に渓流が流れ、縦横2kmずつに収まるほどの黒川温泉街は、現在29件の旅館が運営している。以前は湯治宿として栄えたそうだ。

先の地震で黒川温泉の頭を悩ましたのが地震の風評被害だという。予約が軒並みキャンセルになったのだ。余震もある。不安も残る。でも、旅行先の風評被害って、「効率性」を求めるがゆえのもったいなさを同時に感じたりもした。

エラーを歓迎できる自分でありたいし、それも旅の楽しみだと信じている。もちろん、お子さんがいるとか、さまざまな事情があるのはわかるだけれど。

黒川温泉で僕が最高に愛おしかった時間は、朝風呂に入り、朝食をいただき、部屋の布団で二度寝したときだった。この時間がもっと、もっと続けばいい。怠惰で甘美な時間も過ごしたい放題。旅の疲れも、日常の些事も、スッと心から溶け出していくようだった。

僕らが泊まった[湯本荘]は、窓を開けば川が見える宿だった。風呂は家族風呂を含めて5つもある。[湯本荘]の風呂は、時が止まる。温泉に入るだけなら東京でもできるけど、わずかに開いた窓から聞こえる清流の音色と、さわりさわりと緑がなびく風景をひとりじめするのは、なかなか難しい。

風評か実態かは、どこまでいっても自分の感覚で左右される。僕にとって黒川温泉は、ひとつの完璧な湯治宿として写っていた。人生を思い返した時に、もう一度行きたくなる場所として記した。

始まったばかりで、ゆっくりゆっくりやっているYutoriも、そんなふうな「実態」や「実感」を大切にしたいなと感じたりもした。

それで、僕による今回の実感。「黒川温泉は湯治が似合う

今回のツアー、欲を言えば、やっぱりもっと黒川温泉でゆっくりしたかったなぁ。

長谷川賢人

Yutori番頭。麻布十番[竹の湯]、武蔵小山[清水湯]など温泉の湧く銭湯が好み。

Yutori

スパとサウナで「湯とりあるライフプラン」を提案するメディア